システム開発はなぜこうも「失敗」を繰り返すのかと悩む前に読むべき「デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン実践ガイドブック」


はじめに

NIPPON EXPRESS ホールディングスのシステム開発頓挫により、これに関わるソフトウェア仮勘定154億円の減損損失を計上、といったニュース騒がれる昨今ですが、なぜこうもシステム開発は失敗を繰り返すのでしょうか。


原因の一つに、システムの開発の困難さを、だれもが過小評価している点が挙げられます。


情報システム部門の人員は、リーマン以降の予算削減により、現行システムの維持管理という延命作業しかしてきておらず、新規のシステム構築プロジェクトの経験が大きく不足しています。

経験のあるシニア人材も、近年の情報技術の急激な変化に追従できておらず、新たなプロジェクトでは、ともすれば無気力、ともすれば老害のように振る舞うことになります。

そして、大規模なプロジェクトでは特に重要となる経営層についても、システム開発の困難さを肌感覚で理解することができません。


開発ベンダ側もこれは同様で、DX、DXと叫んではいますが、トランスフォーメーションを実現できる人員がどれだけ存在するというのでしょうか。

数十年前のシステム開発は、選択肢も限られ、また技術進歩も緩やかであったため、全体を見渡すことは比較的容易でした。

しかし現在は、プロジェクトの進め方の新たな潮流、システム開発に関わるステークホルダの増加、ライフタイムの短い技術要素の乱立、より強く求められるミッションクリティカル性やセキュリティ強度、そしてガバナンスなど、個人の関わる範囲も細分化され、全体を把握して統制を取ることが困難、というより無謀な状況が増えつつあります。

若手のエンジニアは、抽象度が高くなった技術要素の上辺を撫でているだけで、中では何が起きているのか分からぬまま、技術とは言いがた事柄に踊らされています。


これらを組み合わせてシステム開発を行います。どのようにしたら上手くいくというのでしょうか? 失敗することが定められているとしか感じられず、どのように軟着陸させられるかだけで精一杯、というのが共通認識になるのではないでしょうか。


デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン群

システム開発は、非常に困難な作業で難易度は高くなる一方である。 その上で、政府としては、標準ガイドラインという形で対策の一つを提供しています。

「デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン実践ガイドブック」は、政府CIOポータル(現在はデジタル庁) で公開されている デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン群の一つです。

デジタル・ガバメント推進標準ガイドラインでは、行政内の利便性、効率性、透明性の向上を実現するデジタル・ガバメントのため、政府情報システムの整備及び管理、手順や各組織の役割等を定める体系的な政府共通ルールを定めています。

www.digital.go.jp

ガイドライン群のなかで、読みやすさを重視した実践的なガイドブックが 「デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン実践ガイドブック」 です。

行政の慣習に沿った形の記載にはなっているものの、多くのシステム開発現場で役に立つ実践的な知識が体系的にまとめられており、政府の発行する文章にはめずらしく読みやすく、なんというか、システム開発を良くしたいという意思が感じられる内容ですので、特に発注部門の全ての担当者に目を通して頂きたいです。

正直なところ、開発ベンダの力量はなんてのは程度の差こそあれ、ある程度収束したものになります。 大きくばらけるのが、ユーザ(発注者)側の力量であり、これによりシステム開発の成否が大きく影響を受けます。これによりほとんど決まると言っても言い過ぎではないでしょう。

そういった意味で、経験の浅い発注側の担当者向けに書かれた「デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン実践ガイドブック」は、必読のガイドブックとして、すべてのシステム開発に関わる発注者側のメンバには読んでおいていただきたい、と思うわけです。 読んだからすべからく上手くいくというものではないことは当然の話な訳ですが。


実践ガイドブックの全体像

「デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン実践ガイドブック」 は以下のような構成になっています。

  • 第1章 実践ガイドブックの構成
    • 本書の想定読者は、こんな人です
    • Point.1 実践ガイドブックの概要
    • Point.2 チェックリスト
  • 第2章 プロジェクトの管理
    • Step.1 プロジェクト管理活動全体の流れ
    • Step.2 プロジェクトの立上げ、初動
    • Step.3 プロジェクト計画書等の作成
    • Step.4 プロジェクトのモニタリング
    • Step.5 プロジェクトの終結
  • 第3章 予算及び執行
    • Step.1 予算要求の活動の全体の流れ
    • Step.2 予算要求の事前準備
    • Step.3 予算要求に必要な資料の準備
    • Step.4 見積り依頼
    • Step.5 見積りの精査
    • Step.6 予算を要求する
    • Step.7 予算要求後の対応
  • 第4章 サービス・業務企画
    • Step.1 サービス・業務企画活動全体の流れ
    • Step.2 サービス・業務企画の開始準備
    • Step.3 利用者視点でのニーズ把握
    • Step.4 業務の現状把握
    • Step.5 サービス・業務企画内容の検討
    • Step.6 軌道修正
    • Step.7 新しい業務要件の定義
  • 第5章 要件定義
    • Step.1 要件定義の活動全体の流れ
    • Step.2 要件定義の事前準備
    • Step.3 RFIの実施
    • Step.4 要件定義の全体像
    • Step.5 機能要件の定義
    • Step.6 非機能要件の定義
    • Step.7 要件定義終了後の対応
  • 第6章 調達
    • Step.1 調達の活動の全体の流れ
    • Step.2 調達の事前準備
    • Step.3 調達仕様書の作成
    • Step.4 調達仕様書以外のドキュメント作成
    • Step.5 調達手続とプロジェクト管理
    • Step.6 検収
  • 第7章 設計・開発
    • Step.1 設計・開発の全体の流れ
    • Step.2 設計・開発を開始するための事前準備
    • Step.3 設計・開発の計画
    • Step.4 設計・開発・テストの管理
    • Step.5 見落としがちな活動に注意
    • Step.6 新業務の運営を円滑に行うための準備
  • 第8章 サービス・業務の運営と改善
    • Step.1 サービス・業務の運営と改善の流れ
    • Step.2 新しいサービス・業務の事前準備
    • Step.3 業務の定着と次の備え
    • Step.4 業務の改善
  • 第9章 運用及び保守
    • Step.1 運用及び保守活動全体の流れ
    • Step.2 運用・保守を開始するための事前準備
    • Step.3 運用・保守の計画
    • Step.4 運用・保守の定着と次への備え
    • Step.5 運用・保守の改善と業務の引継ぎ
  • 第10章 システム監査
    • Step.1 システム監査の全体の流れ
    • Step.2 システム監査の理解
    • Step.3 システム監査計画と監査実施計画
    • Step.4 システム監査の実施
    • Step.5 指摘事項を踏まえた改善

第3章 予算及び執行 については行政特有なので不要と思いますが、その他一連の活動について網羅的なガイドとなっています。


切り抜き

「デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン実践ガイドブック」 の内容を一部紹介しておきます。


導入部


丸投げ禁止!!

ベンダへの丸投げなどは以下のようにガイドされています。

また、工程別での発注者の関与具合については以下のようにガイドされています。


目標設定、それって本当に大丈夫?


サービスデザイン時の活動などについても、そつなく以下のようにガイドされています。


お役所だからと言って


よく見る認識齟齬

プロジェクトで常に認識齟齬の原因となる工程の捉え方についても親切にガイドがあります。


その他にも現場目線での実践的な内容が網羅的に説明されています。 発注先の担当者の方には、是非手元においておいて頂きたいです。